【消えたタルト】
暖かな春の日差しが降り注ぐ午後、ぼくたちはピクニックに出かけた。
やわらかな草の上にクロスを広げ、お茶や果物を並べる。ぼくはラズベリーのタルトを手にし、一口かじろうとした。
「おや?」
タルトが、消えた。
「ねえ、ぼくのタルト、知らない?」
エレナは笑いながら首をかしげる。
「あなた、いま食べてたじゃない?」
「そんなはず……」
ふと横を見ると、ふわふわした黒い小さな子が、タルトを両手で抱えこみ、大事そうにかじっていた
「……あれ?」
驚いて見つめると、もうひとり小さな白い子がもじもじとうずくまっている。
「だれ?」
黒い子が顔をあげ、ぺこりとおじぎをする。
「ぼ、ぼく、ノイ……。このちかくに、おひっこし、してきました……」
「こっちは妹のミラ」
と、ノイがちらりと後ろを見た。
「……ミラ……」
ミラはノイの後ろに隠れながら、かすかに声を出した。
「うさぎ家の子供たちね」
ママがにっこり笑う。
ぼくは目を丸くしてノイを見てしまった。耳の長さ以外、ぼくそっくりだったから。
エレナがくすくす笑う。
「ノイとノア、名前までそっくり」
そのとき、森の向こうから誰かが慌てた様子でパタパタと駆けてくるのが見えた。
「まあ!」
白いエプロンのうさぎだった。どうやら二人のママのようだ。
「ノイ、ミラ、気づいたらいなくなってるんだから……」
と、うさぎのママはミラの口元についた赤いジャムを見つめた。
「あなたたち、勝手に何か食べたのではないでしょうね?」
ノイとミラがそわそわと目をそらす。
ぼくもつられて、手に持ったビスケットをそっと隠した。
Illustration & Text (C)tono
編集部より
次回は4月下旬公開予定です。公開のお知らせはパイコミックアートのXにてお知らせします。ぜひフォローしてお待ちいただければ幸いです。