【特別編】寺田克也四龍プロジェクト
2016年6月8日更新
2016年5月25日 軍艦島
Text&Photo 雨宮まみ
「寺田克也四龍プロジェクト」をご存知だろうか? 今年の3月から始まったこのプロジェクトは、寺田克也が長崎の4島を巡り、ライブドローイングで龍を描く、というものだ。長崎には、かつて龍が棲んでいたと言われるゆかりのある池もあり、豊漁の神として龍神が信仰されてきた歴史もある。
最初のドローイングは高島で3月に行われた。二度目のドローイングは、龍が棲んでいたという伝説のある池のある池島で4月に行われ、すでに完成している。
(動画はこちら。http://4dragons.bluefes-ioujima.com/)
そして5月に行われたのが、端島、廃墟の島として名高い、通称「軍艦島」だ。
そもそも、なぜこのようなプロジェクトが始まったのか? この企画のディレクターであるZERO-TENの森直樹氏にうかがってみると、始まりはかなり自然発生的なものだったらしい。
「もともと、寺田さんが軍艦島が好きで、個人的にいらしたことがあったんです。そのときに軍艦島コンシェルジュ(軍艦島観光を手掛けている会社)の社長と知り合いになって、いずれ何かしたいなと話していたんです。軍艦島が世界遺産に認定されたこともあって、社長が『100年残る文化遺産を寺田さんに作ってもらいたい』と言い出して、そこで本格的に何か企画しようという話になったんですよね」
そこからモチーフとして、長崎にゆかりの深い「龍」を襖に描くということが決まり、最終的に7月23日に4島目の伊王島で行われるBLUE FESという音楽イベントの中で、観客の前でのライブドローイングをすることが決まっていったという。
長崎に来て欲しい、そのために、今ある文化遺産だけでなく、新たな文化遺産を作り、残したい。企画側のそういう思いも詰まったプロジェクトだ。
軍艦島でのライブドローイングは、5月25日に予定されていた。というのも、軍艦島は少し波が高いだけで接岸、上陸が難しく、屋外でのドローイングなため、もちろん雨天でも中止になってしまう。翌日が予備日になっていたが、予報では両日とも雨。最悪、何も取材できないまま帰ることになるかもしれない、とこのときは覚悟していた。
しかし、25日当日は曇天ながらも雨は降らず、波も凪いだ状態。軍艦島に近づくと、水平線の上にまるで龍のような雲が出ている。あまりにもできすぎな状況だが、寺田さんの表情は特に変わらない。ドローイングはこれからだ、という緊張感、でもないだろう。寺田さんは、比喩ではなく本当に「常に絵を描いている人」である。それが今日は屋外で、襖に描く。それは普段と大きな違いなのか、大差のない行為なのか。
「普通に描いてるだけですよ。人が周りにいても特に気にならないし。見られてるからさぼらないっていうだけで(笑)。ライブドローイングならではの違いっていうか、コツはあるかな。ノリで描いちゃうとコンフューズしちゃいやすくなるんだよね。調子に乗っちゃうと、そのまま最後までいける気がしちゃうんだけど、線は思い通りにならないから曲がっていっちゃう。
だから、そうならないようにできるだけフラットなテンションにして、あんまり上げちゃいけないんですよ。ライブでやってるからって妙にハイになると、妙な線を引いちゃう。普段なら最初からやり直せばいいけど、ライブだとできないから、修正が効く範囲内できちんと線を引こうとしてる。だから、ライブのほうがより丁寧に描いてる。修正が効かないから、コントロールできる範囲内の線になるように気を遣ってるね。テンションに任せて描くやり方もあるんだけど、一本の線を選んで描くようなものは、そういうテンションだと描けないね」
12:05に船は軍艦島に接岸。普段は閉鎖されている、元小中学校があった側の岸から上陸する。この日のドローイングは、この岸も含めてすべて通常は立ち入り禁止区域になっている。
上陸前、海上から島を見つめる。
視線をそらせない迫力がある。
12:40。通称「X階段」と呼ばれる階段前でドローイング開始。襖の前に立ち、最初はイメージをなぞるように、指で襖をなぞってから、線を描き始める。流れるような大胆な線と、細やかな部分の線がほぼ同時進行で描かれていく。時折一歩引いて、全体を見てまた描き始める。龍の頭部が浮かび上がってきた。
ここで一時作業を中断し、13:00から昼食になったが、その間も寺田さんはインタビューを受けていた。
「ここに来るのは二回目なんだけど、場所からのインスピレーションとかそういうものは逆に受け取らないようにしてます。この島だから、このモチーフっていうのは感覚的に選んではいると思うけど、その違いが出るかは4島描き終わってみないとわからないですね。描き終わってもわからないかもしれないけど(笑)。
軍艦島は、初めて入ったときは、思ったよりも狭いと感じたかな。自分でこの密度を体感して、ここに人が住んでいたっていう実感が強くなって……。勝手に立ち入れないな、という意識もあったね。もちろん、廃墟が好きだとか、壊れていくものがかっこいいみたいな単純な気持ちもあるんだけど、実際に島に入ると、生活感が立ち上がってくる感じがして」
確かに軍艦島に上陸してみると、「廃墟」という印象よりも「ここに人が住んでいたんだ」という印象のほうがずっと強く迫ってくる。ものすごくプライベートな空間、確実に誰かの故郷であり、生きた場所に、興味本位で踏み込んでいるような、微かな罪悪感すら感じるほどだ。この島に人が住まなくなって、まだ42年しか経っていない。
周囲には30人近くの人がいたが、まったく気にする様子もなく
マッキーを走らせていく。
軍艦島の象徴のひとつ「X階段」。
いつ崩落してもおかしくない状況が見て取れる。
14:30。65号棟と呼ばれるコの字型の高層住宅の前に移動し、ドローイングを再開。雲が切れ、完全に晴天になった。龍の顔にさらに細かい描き込みが加えられていく。時折、撮影用のドローンが飛ぶ音がするほかは、静まり返って鳥の鳴き声だけが聞こえる。龍に脚が描き加えられ、そこから胴体の線が引かれる。肉感的なうねりが姿を現した。