【児玉 夕(コダマユウ)】
期末テストが迫っている。ノートを借りるため放課後、朝生の家に寄った。
両親は共働きで、夕もまだ帰っていない。生活感のある狭い居間が、やけに静かに感じられた。
「実はさ、妖平に渡したいものがあって」
そう言って朝生は、ノートと一緒に持ってきた小さなお菓子の箱を開けた。
「これって、“妖怪っちょ”シリーズのシールじゃん!」
箱の中身は、小さい頃、駄菓子屋で売っていた妖怪っちょシールだ。綺麗に輪ゴムでまとめられたレアシールまである。
「わぁー懐かしい! でも、なんで俺に?」
「あれ、覚えてなかった? ガキの頃第三公園で遊んでただろ、その時、お前がくれたんだよこれ全部」
ああ、そうだ。思い出した! 狐ヶ塚を離れる前、母の荷物に紛れて無くなるよりはと、公園で出会った男の子にあげたんだ。 親父は妖怪が出てくるようなアニメや漫画が嫌いで見せてくれなかった。「神さんはアニメの妖怪とは違う。絶対に仲良くなろうと思うな」とよく言われた。でも、当時、子供たちの間で流行っていたこのシールだけは内緒で時々テンマが買ってくれていた。
「朝生だったんだ」
ずっと持っていてくれたのか。俺のこともずっと覚えていてくれたのか。不覚にもじーんときてしまった。
「夕がさ、何も知らないで、何枚かベッドに貼っちゃったんだ。そうだ、レアシールがもう一枚部屋にあるわ。ちょっと待ってて」
そう言って朝生は階段を上がっていった。
朝生がいなくなると、また居間はしんと静まりかえった。シールを手に幼き日の感傷に浸っていると、ふと一瞬、嫌な空気を感じた。顔を上げ見回すと奥の和室の襖が少し開いている。誰もいないのをいいことにそっと開けてしまった。
狭い和室には立派な仏壇があった。お花や果物、チョコレートにミニカー、怪獣と戦隊ヒーローのソフビ。子供の好きなものばかりが供えられている。
見るんじゃなかったと後悔した。
仏壇に飾られた画質の粗いカラー写真。小学校低学年くらいか、微笑んでいるその男の子に見覚えがあった。あの日、公園でシールをあげた子と一緒にいた……。
「夕だ…」
…ぶぅーん…どこかから蠅の羽音がする。
「事故で死んだんだ」
背後から朝生の声がした。
感情の無い、冷たい声。後ろを振り向けない。
ぶぅーん…蠅の羽音が近づく。
夏の暑さで熟し切ったバナナの、むせかえるような臭いがまとわりつく。
「だって…夕は…」
絞り出した声は情けないほど掠れていた。
だって…今日も学校に来ていたじゃないか。
「ああ、あいつは」
「ヨビヒコサマ」
ああ、そうだったのかと、全身の力が抜けた。 彼に感じていた違和感が、ようやくわかった。
「家に、入れてしまったんだね」
第10話 児玉夕(コダマユウ)終わり
Illustration & Text (C)tsukku
……いかがでしたでしょうか。
次回は4月更新予定です。