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御霊帰し(みたまかえし)24.04.19更新

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ヨビヒコサマ 1

【ヨビヒコ様1】

小学校入学を目前に控えた春だった。いつものように夕と補助輪の取れたばかり自転車で走り回っていた。

それから……よく覚えていない。 大きな事故に巻きこまれたと、後で聞かされた。目が覚めた時、既に夕の葬儀は終わっていた。「だいじょうぶ?」覗いた顔は“死んだはずの夕”だった。

ヨビヒコサマは、帰らなかった双子の弟の姿で家を訪ねてきた。

救急車のサイレンが鳴り響くなか、母ちゃんが家に入れてしまった。 「やられた!ヨビヒコだ!」当時生きていた婆ちゃんが崩れ落ちた。彼は笑顔で「かかさま、かかさま」と呆然とする母ちゃんに頭を擦り付けていた。

ヨビヒコサマとは昔、村のために生贄に捧げられた子どもたちが神さんになったものだと婆ちゃんは教えてくれた。「さみしい」と、子供のいる家に入り込み連れていってしまうと。 当時の三ツ夜神社の神主は御霊帰しを拒んだ。この神様は強くて帰せないのだ。

 

彼を「夕」と、初めて呼んだのはいつだったろう。

覚悟を決めた両親とは違い俺は死んだ弟の偽物を受け入れることができなかった。壁を向いて1人で会話している彼を、ご飯も水も飲まずただにこにこ笑って食卓に座っている彼を人間とは思えなかった。 いつか俺も連れていかれるのではないかと恐れた。学校でも家でも、誰にも仲間に入れてもらえずに、一人でボールを抱えて泣きながら帰る彼を何度も見た。

ある日、家にいたくなくて夜まで公園で遊んでいた俺を、母ちゃんとヨビヒコが探しに来た。ぐちゃぐちゃに泣いて俺に抱きついた彼の身体は、体温が無いはずなのに不思議と温かく柔らかかった。

「にせものでごめんなさい。つれてったりしない あちゃおのおとうとになったんだもん」

その時に思った。こいつを受け入れようと。名前の同じ別の弟として。 俺も泣いていた。もう10年以上前のことだ。

彼はだんだんヒトらしくなっていった。中学に入ると悪い先輩とつるんだり、彼女を作ったりした。分数もできないくせに「高校に行きたい」と猛勉強をしてちゃっかり同じ学校に滑り込んだ。 「俺バカだから、兄貴の器用さを真似したんだよ。」ケラケラ笑う彼は確実にヒトになっていた。

ただ、最近のあいつは、また何か変わった。夜遅くに出ていくことが増え、いつ帰ってきているのかわからない。朝になると眠そうに起きてくる。

「お前さ、部活来ないで最近何かしてんの?」

「え? うーん…バイトかな〜」

嘘吐くならもっと上手いこと言えよ。悪い事してなきゃいいけど……。

その晩も、いつの間にかあいつはいなくなっていた。ドアの音はしなかった。二階の窓が開いていて生ぬるい風がカーテンを靡かせている。

「……祭りが近いんだな。」なぜかそう思った。

 

次の日になっても夕は帰らなかった。

 

 

 

第11話 ヨビヒコサマ1 終わり

Illustration & Text (C)tsukku

次回は5月更新予定です。

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御霊帰し(みたまかえし)

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