【ヨビヒコサマ2】
「ヒヒの神さんの死骸が大量に落ちている」
早朝からそんな連絡を受け駆けつけると、鎮守の森の神社に続く石段の下には人だかりができ騒然としていた。
「ひでえぞ。ありゃ他所から来たヒヒ神さんだ。夏祭り前なのに縁起悪いなあ」
鎮守の森を管理している勝浦さんがぼやいた。森にはそこかしこに、血を流したヒヒ神の死骸が転がり地獄絵図のようだ。
ヌシは……? 石段を駆け上がると境内奥の朽ちかけた本殿の前にそれは横たわっていた。腹から血を流し、首を垂れてぐったりとしている。間違いない「共喰い」だ。狐ヶ塚では神さん同士が争い殺し合うことをそう呼んだ。
死んでるのか…? 恐る恐る近づくと、ヌシはゆっくりと首を持ち上げた。赤い目は光を失い、もはや何も映していない。腹から流れる血は止まらなかった。ヒヒ神を全員喰い殺した代わりに、障りを受けたのだ。
「御霊帰しをしようか…?」
言葉が通じるかわからないが、ヌシにそう話しかけた。もう、だめだろうと直感した。
「身体はなくなってしまうけど、楽になれるよ。神様の國に帰ろうか」
救ってやらねば…。血で濡れた黒い髪を撫で上げてやるとその瞳に光が宿る。ぎらりとした目を一瞬だけ見開き、俺の手を振り切り凄まじい勢いで空へ舞い上がった。同時に、血飛沫が身体中に降りかかった。
「…げえっ…血が口に入った! あいつ空も飛べたのか…!?」
向かった方角を見つめ、なぜかとてつもなく不安になり石段を駆け下りた。
「今、ヌシが飛んでったの見ましたか?!」
勝浦さんに聞く。
「ヌシ?」
「だって、他所から来たヒヒ神と、ここのヌシが共喰いになったんでしょ?」
「妖平くん、この森の神社にはもう何もいないよ。ここのヨビヒコサマは10年くらい前にいなくなったんだよ。どこかの家の子に成り代わったって噂だよ」
勝浦さんは事も無げに言ったが、俺はギュッと心臓を掴まれるような感覚に陥った。ここは、ヨビヒコサマの神社…?
ヌシってヨビヒコサマだったのか…?
無我夢中で自転車に跨り、ヌシが飛び去った方角へ急ぐ。
……嫌な予感があたってしまった。児玉家まであと数メートルの路上に血まみれで倒れていたのは夕だった。
「どうして…こんなことに…」
投げ捨てるように自転車を降り駆け寄る俺に夕は僅かに目を開け、縋るように、震える口を開いた。
「し……ないで…」
「え…?」
「し……御霊…帰し…しないで」
夕の身体から流れる血がアスファルトに溜まっていく。俺の心臓はバクバクと高鳴った。
「消えたくない」
第12話 ヨビヒコサマ2 終わり
Illustration & Text (C)tsukku
次回は6月更新予定です。