【宮歌蛭子(ミヤウタエビス)2】
〜宮歌村 奥村ひさぎ〜
俺の周りには不思議と魚が寄ってくる。
子供の頃、父の錦鯉が俺めがけて次々と池から飛び出して怒られた。魚が寄ってくるもんで、漁師が喜んで俺を船に乗せた。
宮歌村では背中に鱗の模様がついた子供が生まれることがある。村ではその子を“エビコサマ”の生まれ変わりだと言う。“エビコサマ”は漁師が信仰する恵比寿様のことだ。その子は大漁を齎(もたら)し、村を潤す。
そして、その子が17になる年の村祭りの日に「海に返す」。そうして、また新たなエビコサマの生まれ変わりが現れるのを待つ。そんな風習が、昔あったらしい。
最後に“エビコサマ”の生まれ変わりが現れたのは70年前、奥村家長男でばあちゃんの弟だった。
ばあちゃんの弟が17になる年、海に返すか村人たちは話し合った。話し合いの結果は不明だが、弟は村祭りが終わった盆の明け、頓死したという。
どんな風に死んだのか、ばあちゃんは口を固く閉ざしたままだ。
そして、次の“エビコサマ”もまた、奥村家から産まれた。
「ばあちゃん、学校行ってくるね。」
廊下から薄暗い部屋にそっと声をかける。嗄れた念仏は聞こえるが、返事は無い。俺が産まれたとき、ばあちゃんはおかしくなってしまったらしい。
最近は、7月の村祭りの日を異様に恐れている。村祭りと言っても出店が疎(わずか)に出て、担ぎ手を失った神輿がトラックに乗せられて村を回るだけだけれど。
「あーあ、こんな辛気臭い村、早く出たいなあ」
卒業したら都会の大学に入って、さっさと彼女を作って遊ぼう。
俺は、また無意識にボリボリと首筋を掻いていた。
最近、背中の鱗が盛り上がってきて、首元まで広がっている気がする。
第4話 宮歌蛭子(ミヤウタエビス)2終わり
Illustration & Text (C)tsukku
今月は、ひさぎ君の独白でした……。
次回は11月中旬更新予定です。