【共喰い(トモグイ)】
じいちゃんに頼まれた用事の帰りに鎮守の森の脇を通ると、奥に続く石段から見覚えのある男が降りてきた。
ここは、町の外れの古びた神社。それを覆うように鬱蒼とした鎮守の森が広がっている。
◆
狐ヶ塚に戻ってきたばかりの頃、興味本位に森の奥まで足を運び、そこのヌシらしい神さんに出会ったことがあった。
男の顔にムカデのような身体。よく見るといくつもある脚は全て手の形をしている。胴についている赤い布切れが靡(なび)くたび、じゃわじゃわと音を立てた。町にいる神さんとは違う、今までに見たことがない禍々しい姿のヌシはじっと俺を見ていた。
「神さんと目を合わせるな」かつて聞いた父の声が頭をよぎった時には、もう目を合わせてしまっていた。俺はヌシから目を逸らさずにゆっくりと後退りをした。瞬きすら許されない、だらりと冷たい汗が流れた。
だが、ヌシは急に興味を失ったかのように顔を背け、そのまま奥へと消えていった。俺の膝はずっと震えていた。
後になって、そこは狐ヶ塚の「禁足地」だと教えてもらった。あれから一度も鎮守の森には入っていない。
◆
「夕!?」
「おー、妖平じゃん」
いつもと変わらない彼だが、手に重そうなナイロン袋を下げている。
「うわっ…何これ…」
ニヤリとして見せてくれた袋の中は白い猿の頭だった。歯を剥き出しにして白く濁った目が空を睨んでいる。
「本物?」
「そう、ヒヒ神」
野生の猿はたまに見かけるが、それよりも大きく、血まみれの牙も立派だ。
「それ…どうしたの?」
「拾った。奥で」
「もしかして、奥にいるヌシがやったの?」
「ヌシ? 知らねーけど、よく落ちてるよ」
夕は禁足地のことを知らないのか? なぜここにいるのか? 聞きたいことは山ほどある。でも、彼は俺が疑問を口にするのを遮るように
「この先で貞作さんが野焼きしてるじゃん、一緒に焼いてもらおうと思って」
と言った。
「いや、神さんなら危ないよ、俺がちゃんとやっとくから」
「そうなの?」
「神さんは、直接危害を加える事もあるけど、祟ったり障りを起こしたりもするから気をつけて」
前にも夕が神さんを蹴り飛ばしているのを見た。彼は自分の身を守るために呪(まじな)いをかけていると言っていたが、呪(まじな)いだけでは到底敵わない時があることを、俺は知ってる。
「ふーん、じゃあはい。ありがとな」
彼はまるで興味がなさそうに持っていた袋を俺に寄越した。
なぜ彼は全く神さんを恐れないのだろうか。
第8話 共喰い(トモグイ)終わり
Illustration & Text (C)tsukku
夕くん……⁉︎ なのか?
次回は2月下旬更新予定です。